【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第158回[ASEAN×国際政治]ASEANは「足並みが揃わない」のは当然。ミャンマー問題は内部変化を待つのみか。
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
10月6日から11日、ASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議とその関連会合がラオスで実施された。日本目線では石破新首相の外遊デビューという点で注目された。毎年、ASEAN首脳会議の時期が来るとマスメディアで目に付くのが、足並みが揃わない、結束できないという論調だ。本連載でも過去に取りあげたことがあるが、こうした論調自体がASEANという会議体の本質を捉えきっていないと言わざるを得ない。
最近でこそ、ASEANは東南アジアという地域の代名詞のように使われるが、本来は地域協力機構を指す名称であり、使い分けをした方がいい(なお、ASEAN加盟国は10か国であり、東南アジアはその10か国に東ティモールを加えた11か国というズレもある)。メディア論調のASEANが・・・という批評は、地域協力機構として方針がまとまっていないという点を指摘しているのだろう。
ASEANはそもそも、1967年にインドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン、シンガポールの5か国(オリジナルファイブ)で発足し、主な目的は冷戦のまっただ中における反共連合だった。現在のような経済やビジネス、ASEAN域外との協力促進という要素が強まったのは冷戦の崩壊により、共産党一党体制のベトナム、社会主義政党が統治するラオス、長らく軍政が続いていたミャンマーが加盟したことが背景にある。
こうした経緯を持つため、足並みを揃えるのは容易ではないし、強引に一つの合意に持って行ってしまえば協力の基本が崩壊しかねない。そのため、基本的にはコンセンサス方式がとられている。それが故に、ASEANの最終文書や合意があいまいなものにみられたりする。そもそも、オリジナルファイブの時代でも各国の思惑は異なっていた。
とりわけ、今はミャンマーが軍政下にあり、同国に対するプレッシャーのかけ方や軍政との距離感がそれぞれ異なる。主には隣国で経済的な関係も深いタイは比較的融和的なスタンスをとるが、インドネシアはより原理原則論を主張する。マレーシアは旧軍政時代からの特別なパイプがある反面、イスラーム教徒のロヒンギャ問題で融和的なスタンスは政治的にとりにくい。
ASEANではこれまでさまざまな課題が議論され、域外の協力も得つつ、調整が行われてきた。ただし、ミャンマー問題は、特に解決が難しい。強制的な体制変更を迫ることは、ASEANの性質を考えても、今の時代の国際関係の原則を考えてもできない。一方で、域外国が協力にコミットする動機も乏しい。過去のように体制内部の変化を待つしか無いのだろうかとさえ思える。
*2024年10月16日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。
2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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