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第152回[東南アジア×地域統括拠点]地域統括拠点の部分移転の動き強まるか。忘れてはいけないビジネスインテリジェンスの視点

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第152回[東南アジア×地域統括拠点]地域統括拠点の部分移転の動き強まるか。忘れてはいけないビジネスインテリジェンスの視点

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

多くの日本企業は、これまで、地域統括拠点機能をシンガポールに置いてきた。しかし最近は、考え方が変わる動きもみられる。例えば、JETROが2024年3月に発表した調査結果によれば、シンガポールの地域統括拠点機能について移転を考えていないという企業は50%と半数だが、部分的には既に移管済み、あるいは移管を検討しているという企業は計31%に上った。

過去を振り返ると2015年は20%、2019年は9.3%(全面移管含む)であり、最近の増加傾向は目を引く。シンガポールのコスト高騰や、タイなどの生産現場に近いところが良いという判断がある模様だ。全体的に見ると、シンガポールの強さは依然としてあるものの、企業によっては、機能面、特に生産の視点から部分的に移転するという選択肢が検討されているという状況だろう。

目的によって地域統括機能の一部を分けるという動きは、非日系外資にもある。例えば、人事や研修などコーポレート機能の一部はマレーシアに配置した、リサーチ機能は市場の大きいインドネシアに置いたという事例もある。日本企業の場合でも、実質的にはこうした動きがみられていた。例えば、タイに生産現場を置くある日系企業は、タイを生産の地域統括と公式には位置づけていなくても、権限が強く実質的には生産統括として動いているケースだった。

シンガポールが地域統括拠点に選ばれる理由は、社会の安定性、物流ハブ、法制度などマクロ的な視点が多い。また、家族を伴って赴任する人々の生活のしやすさという点も重要だろう。

もう一つの強みを挙げるとすれば情報のハブという側面は見逃せない。他国でもやろうと思えばできないことはない。例えば、マレーシアも情報ネットワークの拠点としては有力であり、イスラム圏という視点ではイスラム金融やハラル産業のグローバルなけん引役となっている。ただ、シンガポールに比べると、情報収集のためのコツが必要である。

一方でシンガポールは、あちこちで様々なイベントが行われ、ネットワーキングも活発で、実質的にビジネス情報の集積が仕組み化されており、アクセスも容易である。シンガポールで得られる情報が全て良いとは言わないが、アジア地域広域の情報を集めやすい事は確かだ。

グローバルビジネスではビジネスインテリジェンスの収集・検証・分析の重要性は高い。とりわけ、近年のように地政学的な要因で将来の見通しをたてにくくなっている状況のなかでは、情報力がなければ成長はおろか生き残りも難しくなるだろう。地域統括におけるビジネスインテリジェンス視点ではシンガポールをハブとしつつも、各拠点が持つ強みを考慮した体制の構築が重要だろう。

今後、地域統括機能を他国(地域)に移管することの検討状況

出所)JETRO地域・分析レポート「見直し加速へ、地域統括機能の在り方(アジア大洋州)日系企業の地域統括機能調査結果から」(2024年4月3日)より転載

*2024年7月31日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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