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第151回[ベトナム×政治]ベトナム最高権力者のチョン書記長が在任中に死去。注目される後継人事と政治的安定性のゆくえ

【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】
第151回[ベトナム×政治]ベトナム最高権力者のチョン書記長が在任中に死去。注目される後継人事と政治的安定性のゆくえ

元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸

7月19ベトナム日、ベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長が死去した。在職中に書記長が死去とい事例は、ベトナム政治史上で初めてだ。前提として、ベトナムにおいて書記長は共産党の序列1位であり、最高権力者であるという点を知っておきたい。行政機構トップは名誉職的な色彩の強い大統領を頂点に、実質的な政策立案と実行に当たるのが首相である。

ただ、党の序列で見れば国家主席は第2位、首相は第3位となっている。マルクス・レーニン主義のイデオロギーを持つ政党による一党体制が敷かれている国は、今、中国、北朝鮮、キューバ、ベトナムなど世界に数カ国しかない。

チョン体制で最も注目されたのは汚職撲滅だだろう。ベトナムでは2005年に汚職防止法が制定された。同法に基づいて、首相をトップに汚職防止中央指導委員会が設置された。その後、2013年に党政治局に移管され、書記長が委員長に就任。つまり、汚職対策に関する権限は行政機関から党に移されたという歴史がある。2011年に誕生したチョン指導部の下で行われた組織改組だ。

いくつかのメディアでチョン書記長による汚職対策を「功績」として評価する論調がみられる。確かにその側面はある。チョン書記長は汚職を理由に二人の副首相を更迭し、グエン・スアン・フック国家主席を辞任に追い込んだ。

アジア経済研究所に所属するベトナム研究者の石塚二葉氏の論考「ベトナム国家主席辞任劇にみる反汚職闘争の論理」(IDEスクエア、2023年2月)によれば、ベトナムには汚職を理由とした辞任という政治文化が新たにできたと指摘する。確かに、ベトナムでは汚職リスクがあちこちにあり、コンプラアンス意識の高い日本企業は慎重に見極めてきた。その意味では、全体的な引き締めにはなっただろう。

他方、権力闘争の存在を見える。前出の石塚氏の論考では「異例の3期目を務める今年79歳のチョン書記長の後継問題が絡んでいることも想像に難くない」と分析されている。結局、権限委譲が行われないままにチョン書記長は死去した。表面上は大きな混乱なく新体制が誕生するだろうが、新体制が汚職対策にどのように臨むのだろうか。水面下の権力闘争も絡んでいくだろう。ベトナムは公開情報では背景の意図を読み解きにくい。今後、人的情報収集や長期ウォッチャーの見解などをつぶさにみて分析を進めていく必要があろう。

死去した故グエン・フー・チョン・ベトナム共産党書記長
(写真:Weikimedia Commons/Adam Schultz)

*2024年7月24日脱稿

プロフィール

川端 隆史 かわばたたかし

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー

外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。

1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。

2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。

2023年にEYストラテジー・アンド・コンサルティングのインテリジェンスユニット・シニアマネージャーとしてビジネスインテリジェンスの強化を手がけた後、2024年4月よりITデバイス&SaaSの統合管理クラウドを提供する現所属にて情報発信を担当。

共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。

栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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