【~連載~川端 隆史のアジア新機軸】-第127回- [シンガポール×政治]2024年中にローレンス・ウォン新政権発足が確定、トップ交代とともに世代も交代へ
元外交官 × エコノミスト 川端 隆史のアジア新機軸
シンガポールの与党である人民行動党(PAP)の党大会が11月5日に行われ、ローレンス・ウォン副首相兼財務相が2024年に首相に就任する見通しが示された。リー・シェンロン首相は、ウォン副首相に全幅の信頼を置いている旨発言し、2024年中に退任すると発言した。
トップ交代は世代交代も意味する。「4G(第四世代)」と呼ばれる50歳のウォン副首相は、次世代に寄りつつも、71歳のリー首相に近い親年代のことも分かる、といった立ち位置だ。各世代のリーダーは、1Gは建国の父であるリー・クアンユー氏、2Gはゴー・チョクトン氏、3Gは現在のリー首相、そして4Gはウォン首相という、単純に人が変わるだけではなく世代交代を伴うバトンタッチをしてきた。
シンガポール政治はリー・ファミリーのイメージが強い。これをもって、来年に発足するウォン新政権からポスト・リー・ファミリーの時代という評論もみられる。ただ、初代のクアンユー氏の後にはリー・ファミリーではない、ゴー・チョクトン氏が首相に就任している。
1990年から2004年のゴー政権時には、クアンユー氏が上級相として残り、2001年からはシェンロン氏が財務相を務めていたため、リー・ファミリーの存在はあった。しかし、ゴー氏が首相としての政策の陣頭指揮に立ち、ポスト高度成長の時代に付加価値を高める段階で功績を残したことは確かだ。シェンロン政権の前にゴー政権を挟んでいたことは、すでにポスト・リー・ファミリーに向けた源流が作られていたと言える。
首相就任が確定したウォン副首相は、新型コロナウィルス対策では各省庁をまとめ、明確な説明を国民に向けて自ら発信して大きな功績を残し、国民からの信頼も勝ち得た。ウォン副首相はHDBで生まれ育ち、父はセールスマン、母は小学校の先生という典型的な中間層家庭の出身だ。
そのウォン副首相にとって最初の試練は2025年の総選挙だ。2020年の総選挙では野党が伸長し、PAPの得票率は61%にとどまった。議席数では93議席のうち、PAPは83議席を獲得して十分な数は確保した。ただ、2020年選挙は2015年選挙から定数が4増えたため、占有率では下がっている。
2020年選挙結果の背景は様々な分析がなされているものの、重要な課題としては格差問題があるだろう。中流家庭出身のウォン副首相がどのようなシンガポールを作り上げていくのか、今の段階からよく観察していく必要があるだろう。
ローレンス・ウォン副首相兼財務省(出所:WikimediaCommons/内閣官房内閣広報室)
*2023年11月8日脱稿
プロフィール
川端 隆史 かわばたたかし
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジー/インテリジェンスユニット シニアマネージャー
外交官×エコノミストの経験を活かし、現地・現場主義にこだわった情報発信が特徴。主な研究テーマは東南アジアなど新興国マクロ政治経済、地政学、アジア財閥ビジネスの変容とグローバル化、イスラム経済、医療・ヘルスケア産業、スタートアップエコシステム、テロ対策・危機管理。
1999年に東京外国語大学東南アジア課程を卒業後、外務省で在マレーシア日本国大使館や国際情報統括官組織等に勤務し、東南アジア情勢の分析を中心に外交実務を担当。2010年、SMBC日興証券に転じ、金融経済調査部ASEAN担当シニアエコノミストとして国内外の機関投資家、事業会社への情報提供に従事。
2015年、ユーザベースグループのNewsPicks編集部に参画し、2016年からユーザベースのシンガポール拠点に出向、チーフアジアエコノミスト。2020年から2023年まで米国リスクコンサルティングファームのシンガポール支社Kroll Associates (S) Pte Ltdで地政学リスク評価、非財務・法務のビジネスデューデリジェンスを手がけた。2023年4月より現職、対外情報発信やビジネスインテリジェンスの強化等に従事。
共著書に「東南アジア文化事典」(2019年、丸善出版)、「ポスト・マハティール時代のマレーシア-政治と経済はどうかわったか」(2018年、アジア経済研究所)、「東南アジアのイスラーム」(2012年、東京外国語大学出版会)、「マハティール政権下のマレーシア-イスラーム先進国を目指した22年」(2006年、アジア経済研究所)。
栃木県足利市出身。NewsPicksプロピッカー、LinkedInトップボイス。
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